三越本店 (1915)
設計:横河民輔
* 呉服屋の三越が、アメリカのデパート(というビルディングタイプ)を持ち帰った横河民輔に作らせた、商業建築の記念碑
三越は1915年すなわち大正4年に竣工した。恐らく日本で初めての本格的デパート建築である。 明治というと「富国強兵」で国中がいささかタイトであったのに対し、 大正になると国の基盤づくりが一段落して雰囲気が変わる。例えば芸術にも耽美的なものが登場する。 大衆文化が華ひらく。その大衆文化の華やかなる象徴、担い手が例えば亭劇とか三越(これ)であった。 三越本店の建築的な特色としては、まずこういうデパートという機能を持つ施設が当時の日本に無かったから、 アメリカでデパートの基本計画も含めて学んできた横川民輔が設計したこと、 日本初のエスカレーターを設置したこと、 中央に非常に豪華な吹き抜けがあること、などである。 大正8年には三越に遅れをとらじとばかりに高島屋、松屋、白木屋百貨店が開業している (ザ・20世紀より)。
そもそも百貨店という店の形式はパリでボン・マルシェが19世紀中葉に始めたものである。 1881年のプランタン百貨店の写真を見ると、 当時としては非常に機能合理的な鉄骨製の吹き抜けと天窓が作られている (写真)。 当時から恐らく百貨店と豪華な吹き抜けというのは切っても切れない要素だったのだろう。 私たちがロンドンで見たリバティ百貨店(ティンバーの外装で有名。1924年竣工) でも三越に似た吹き抜けがあった。 三越は館内撮影禁止だったが、中央吹き抜けは豪華なのでどうしても写真が欲しかった。 一枚だけこっそり撮ったので載せておこう。 各階は吹き抜けに面して大理石を貼って豪華に見せているし、天窓の脇には独特の模様が付いている。 竣工当時の大正の人々がいかに驚いたか、想像に余りある。
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三越はもともと江戸時代に両替商(のちの三井銀行)と呉服屋を営んでいたが、 明治になり呉服屋が独立した。三井財閥の一員である。 経営革新につとめ、明治37年(1904)には「デパートメントストア宣言」を出し、 日本初のデパートの道を歩み始める。 日本初で日本一の超豪華デパートの開店をめざし、三井財閥と関係の深かった横河民輔に設計が依頼された。 横河は鉄骨構造をアメリカに学びに行っており、 この時同時にオフィスビルやデパートといったビルディングタイプも持ち帰っていたのである。 このデパートは正に三井財閥の資金力が作ったものだ。
鉄骨構造はアメリカの高層建築化にともない発達した。 19世紀の中葉にはカーストアイアンビルと呼ばれる鋳鉄製の鉄骨ビルが建った。 19世紀の後半には火事に強い鉄骨の被覆が発達すると共に、鋳鉄に代わり鋼鉄が出現した。 20世紀に入るとすぐに、NYで高層ビルの高さ記録がどんどん更新された(これを第一次高層化と呼ぶ)。 横河はそういう高層建築を目の当たりにした筈だ。 同じ1915年に竣工したNYの エクイタブルビル を、比較のためにご参照頂きたい。 まぁ高さが全然違うが、とにかくこの頃のNYの高層オフィスビルは石貼りが多かったようだ。 それに対し日本では石張りのオフィスも商業ビルも非常に少なかった(でしょ?)。 三越はコンクリート造(モルタル塗り?)だし、 白木屋もコンクリートによる不燃化をうたっていた(そのあと火災を起こしたのはよく知られている)。 しかし、エクイタブルビルの窓のデザインと三越の窓デザインを比べて頂きたい。 ごく何となくだが、雰囲気に似たところがあると思うのだが如何だろうか?
三越の吹き抜けのデザインはどこから来たのだろうか? アーツアンドクラフツ展示協会が1886年にイギリスにつくられて以来、 ヨーロッパ各国は新しい製品デザインを模索し独自の工作連盟を作っていった。 しかし各国毎にかなり傾向が違う。 サリヴァンは一時パリに留学している。 アメリカでのアールヌーヴォーというと、例えばサリヴァンの意匠に顔を出すが、かなり変えられている。 アメリカで学んだ横河のデザインのルーツは何だろうか。 この頂部天窓付近のデザインは、何を参照しているのか。 サリヴァンだったらもっとゴテゴテに装飾しまくるだろう。 この感じはむしろモリスとかグラスゴー派に近いんだろうか?
三越本店を巡って、百貨店史、三越(当時の三井呉服店)史、鉄骨オフィスビル史、 デザイン史をごく簡単に検討した。 私自身、三越本店をどう受け止めればよいのか気になって、調べてみたのだ。 これらの交点に三越本店は位置する筈である。 あんまり明確になった気はしないんだけど、ひとまず筆を置く。
掲載誌: 所在地: 東京都中央区日本橋室町1-4 行き方: 東京駅の八重洲口をまっすぐ出て中央通りに出て、そこを700〜800m北上した左側 ここでの分類: 戦前近代 訪問年月日: 03/03/1 参考: 『現代建築の軌跡』新建築1995年12月臨時増刊、新建築社 その他情報: 軌11
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