東京国立博物館法隆寺宝物館 (法隆寺宝物館) (1999)
設計:谷口吉生
* 庭にまで広がる構成された美のモダニズム空間 * 谷口のモダニズムが、文化行政の一翼を担う空間を作っている
谷口吉生はクールなモダニストと言われる。 MOMAに打って出た谷口の最新作がどんなものか、楽しみにしていた。 上野公園の博物館入口から入って左脇に折れると、そこに法隆寺宝物館がある。 モダンな垂直・水平の「構成作品」であるこの建物が、庭園の木々の間から見え、 その見え方は狙いすましたかの様にきれいな絵になっている。 鶴が降り立ったようなイメージすら抱く。 おそらく設計者は、この庭園の中での見え方にじゅうぶん気を配ったに違いない。 一歩一歩近づくにつれ、建物とその手前の水面が視界を占め始める。 モダニズムすなわち構成主義的なものと、自然とが出会っている。
建物のファサードというか、あの構成された全体が、 建物正面の外部にも空間として張り出してきているように感じられる。 建物の前面と手前にある水面が、建築空間の一部を成していて、 まだ建物に入っていないのに水面近くを歩いただけで、 回りじゅうの空間に「構成されている」というモダニズム建築特有の感じが充ち満ちて感じられた。 シャワーのようにモダニズムが私を包み込む。 水面を貫くアプローチを歩くと、空間の構成の移り変わりに巧妙さが感じられた。
う〜ん、しかし、私には妙な違和感もあった。 いやしくも(?!)建物たるものが、この手の美的感覚を追求して良いものだろうか。 それが美的であるということは百も承知だし認めるとしても、 建物たるものは安心感とか年季だとか人々との間に色々なかたちで親和性を築く必要がある。 こういう抽象的で人を寄せ付けない(?!)ような感触を発展させてしまって良いものだろうか。 いや、これはモダニズムに真っ向から対立する意見である。 失礼しました。私もこのアプローチは好きなのである。 しかしその「好き」と「建物として‥」というのとは少し私の中で別のものなのであった。
さて、話を続けよう。中に入ると、外部とは全く別の空間が待っていた。 早いはなし何もないのだ。入られた方はご存じのように、入口を入るとそこは大きな直方体空間である。 天井が高くて何もなく、ガラスと半透明素材と石貼りの壁‥。 まぁ確かに建物前面にあれだけ構成された感じを出しておいて、 入ったところからいきなりチマチマと展示室だのトイレだのが待ち受けていたら、そりゃおかしいだろう。 しかし、だからといって、この何もない空間。 四角いだけのヴォイドから、私達は一体何を受け取ればよいのだろうか。 単純すぎて芸がないような感じすら受ける。
しかしこのショック、急に何もない空間に立たされるショックこそが、 設計者の意図したことなのかも知れない。 丸亀市美術館 (新9207)なんかと比べると谷口の作る美術館空間がもっと良く分かるのだろうけれど、 とにかく直方体のヴォイドは構成主義的な「虚」を演出しているように思えた。 そしてこの「虚」は、これから向かうであろう壁の奥に潜んでいるものを予告・暗示してもいる。 べた〜と石を貼った豪華で単純な壁面が、その奥にあるいかにも文化的なものの雰囲気を漂わせている (とも言える)。
展示室にはいると、そこは暗くてしかも現代的だ。 栗生明の 平等院宝物館鳳翔館 (2000)に似たような雰囲気である。 しかし鳳翔館が展示空間をいろいろ構成して演出を感じさせたのに対し、 こちらはそっけない。 一方こちらでは、法隆寺宝物という非常に古いものが持つその時代の雰囲気と、 それを我々の時代において展示物として扱う現代的な脈絡が、 ぶつかり合って火花を散らしているように感じられた。
保存・展示は文部省という国家機構の一部が行っている。 その国家単位の企図や論理が、このモダンな展示室から透けて見えるような気がする (それが宝物の持つ古い歴史の脈絡と火花を散らしている)。 それは展示室を出た廊下や資料室の作りからも感じられた。 文化行政というのは、イメージでいうとサニタイズされたような「衛生的」な香りがする。 そういう文化行政とかその国家的意図なるものが、 谷口の作る「クールな空間」、独特の緊張感と、うまく呼応しているのだ。 谷口のモダニズムは、国家的文化ビジネスの一部となりおおせている。
もう一度ロビーに戻ってきた。 「虚」の空間に戻ってくるというのは、何か頭を空白によりリセットされるような気分である。 しかし最初に入った時よりディテールが分かってくる。 例えば階段を降りきった時に、右面には木製の縦方向のルーバーのようなものが並んでいるのだが、 そこに十字形に大きな木の柱が走っている。 こういうディテールは、 単に茫洋とした直方体という見せ方ではなく、 もっと空間にとっつく為のきっかけを作ってくれている(と思った)。 ロビーには、最初に入った時より何かが<充満>している感じがした。 それは展示物を見た私の中の経験がそう思わせるのかもしれなかった。
掲載誌: 新0105 所在地: 東京都台東区上野公園13-9 行き方: 国立博物館本館の西側。博物館の正面から左に向かう道を行った所 ここでの分類: モダニズム 訪問年月日: 03/02/28 参考: その他情報:
■2003 Copyright. All rights reserved | トップ |