日本綿業会館
設計:渡辺節
* 渡辺節の代表作。外観デザインは簡潔だが内部は各室が異なる様式で作られた * 村野藤吾がドラフトマンとして参加したが、綿業会館の落成前に独立している
渡辺節という建築家は不思議な人だ。 合理主義者でありながら、作る建物は様式的なのだ。 でも良く調べると事情が分かってくる。 彼の様式も合理主義もアメリカ仕込みなのだ。 アメリカでは建物を作る時に「何スタイルでいきますか?」と決めて、 いわばスタイルを切貼りするように自由に扱う精神が発達していた (一番それが進んだというか、ヒドいのが、アメリカの住宅であろう。まさにスタイルの切貼り)。 建物には何らかの美的価値が必要なのだから、 だったら美しいと公認されている「スタイル」を上手に使えばいいじゃないか、 という「合理主義」があるのだ。 加えて渡辺は、個人だけの力による創造力をあまり認めなかった。 「様式(スタイル)」のように歴史が証明したものは問題なく美しいが、 近頃あらわれて来た新建築なるものは果たして歴史の審判に耐えうるか疑問だ、 と彼は考えていた。
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そのような彼が作った代表作である日本綿業会館は、 果たせるかな様式(スタイル)のオンパレードとなった。 まず外観は落ち着いていてやや重厚で、設計者によるとイギリスルネサンスである。 内部は、私が一般見学会に参加して見せてもらっただけでも、 イタリアルネサンス(ホール)、 ミューラル・デコレーション(ボストン調)、 クイーン・アン、 アンピール、 ジャコビアン、などであった。 渡辺は、自分の好みの部屋を楽しんでもらえば「不満がいくらかでも解消するものと考えた」という。 村松貞次郎は、日本人が西欧的な「様式」を消化し、 外部だけでなく内部空間としても優れたものを作ったランドマーク的作品として、 この綿業会館を高く評価している。
まぁ狭い応接室のインテリアが何スタイルだと言われても、そんなに違うように感じなかったが、 しかしホールのルネサンス調は、アーチが居並びとてもインパクトのある豪華なものだった。 一見地味なこの建物の中に入ると、2つのドアを隔てたそこはホールで 「おっ違う‥‥」と絶句するように作られている。 ちなみにこの建物は敷地取得も含め、当時の金にして150万円かけて建てているそうだ。 今と当時の大学の初任給の差が5000倍位だそうなので、 それでいうと当時の150万は今の75億だと案内してくれた人は言っていた。
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この建物で最も有名なのがジャコビアンスタイルの談話室である。 ここは2層吹き抜けで大きな梁が通り、正面の壁を巨大なタイルタペストリーが覆っている。 このタイルは京都の泉涌寺で焼いたそうだが、図案的にはドイツのものに近いらしい。 この部屋は、渡辺節が作った最高作の空間だと言われている。 この天井の高さは何とも落ち着く。 世の中には天井が高すぎて落ち着かない空間だって幾らでもあるのに、 昼食堂といい談話室といい、天井が高いから落ち着くというのは、 やはり渡辺の言う「様式」のもつ力によるのではないだろうか。
最後に一言、村野藤吾について触れておく。 彼は渡辺の事務所に入所前は「セセッション万能で通した」のに、 「新しいものは一切まかりならぬ」と言われて足かけ12年この事務所で修業した。 私は「厳格なるプレゼンチストたらんとする」村野の思想を深く調べたわけではないけれども、 信じられないくらい自分の考えと違う建築家に仕えていたのだけは分かる。 その後の彼は建築業界で常に一匹狼だった。 これは、渡辺の事務所で常に自分の考えと実際行動の間に距離を置かざるを得なかったその生活が、 後々までの彼の人生のあり方に影を落としたのだ、とはいえないだろうか。 彼は渡辺節の下で修業をやり通した。 そんな村野は、事務所を辞めた時に綿業会館だけは面倒を見続けてくれと渡辺に言われる。 彼は一方で心斎橋のそごうをやりながら、綿業会館を手掛け続けた。 長谷川堯によると、一方でモダン、他方で様式を手掛ける当時の彼を見学に来たある外国人が、 綿業会館の昼食堂で「信じられない!」と叫んだそうだ。 それが村野にはおかしかったという。
掲載誌: 新3205 所在地: 大阪府大阪市中央区備後町2-5-8 行き方: 本町のすこし北。本町通と御堂筋の交点から3ブロック東、2ブロック北を見よ ここでの分類: 戦前近代、戦前近代オフィス 訪問年月日: 03/01/25 参考: 鈴木博之、山口廣『新建築学大系5 近代・現代建築史』彰国社、1993,『建築MAP大阪/神戸』TOTO出版、1999,『現代建築の軌跡』新建築1995年12月臨時増刊、新建築社,村松貞次郎『日本近代建築の歴史』NHKブックス、1977 その他情報: 史403,408/M阪49/軌58、毎月第4土曜日14:30から無料見学会を開催。問合先:06-6231-4881
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